代表司法書士紹介


事務所名“コーディアル”
に込められた想い、それは
 お問い 合わせ

 コーディアルとは、「心をこめて」「手厚い」「親身になって」などを意味します。CORDIALの前にある事務所のカラー、グリーンをベースにしたロゴは、「心」をイメージしています。25年に及ぶ司法書士試験の受験指導講師を務めた代表司法書士がこれまで受験生のために、どんなときも丁寧に心をこめて対応してまいりました。受験生が抱える様々な悩みや不安に、「所ホットライン24時間態勢で受講生の方との相談や悩みを1対1のメールでやり取りするシステム)」を通して答え、さまざまな相談に乗っていました。その甲斐あって多くの合格者を輩出してきました。
 これからは本来の司法書士の業務を通して、心から依頼者のために仕事をしたい、少しでも困っている人のためにお手伝いをしたいと、司法書士業務への舵切りに至りました。
 というのも、先の東日本大震災で毎月被災地仙台荒浜に足を運び、畑の掘り起こしと瓦礫の除去という復興支援のお手伝いを続けるうちに、同じ時代に生きている一人の人間として、自分には司法書士という資格を生かし、もっと違う形でも関われるのではないかと心を動かされたためです。

被災地への想い
雪が降り積もっても被災地仙台荒浜の街を忘れてほしくない全国の有志が、黄色いハンカチに願いを込めたものです
初期の頃の荒浜慰霊塔。被災地での作業終了後、何度も足を運び黙祷を捧げました。現在は被災で亡くなった方の名前が刻まれた慰霊碑が立っています
仙台荒浜は、住宅密集地でしたが津波で街はほぼ壊滅。今も路線バス「深沼海岸行」だけが残っていますが、住民がいないためバス停はありません
復興支援作業をするときの作業着。復興屋のTシャツです。畑の掘り起こしと瓦礫除去はハードな作業でした
荒浜の畑の掘り起こしから出るガレキです。3年近く経っても津波の被害が残っていました
司法書士業務への舵切りを決意して、最初のご依頼が震災で平成23年3月11日に亡くなった荒浜在住ご夫婦の相続登記。偶然のようですが必然を感じています
 確かに「人を育てる」ことも大切な仕事ですし、25年にも及ぶ講師を続けたことで随分成長することができました。ですが、これだけの大震災があって、本当に今の講師のままの自分でよいのか。と仙台から帰る夜行バスに揺られながら、いつも自問自答し、心の中でずっと迷う気持ちをひきずっていましたが、教壇からみる風景と現場からみる風景の違いに気づかされ、自分自身へのけじめも含め、あらたなスタートを切りました。そんな想いを事務所名「コーディアル」に込めています。
 おかげさまで円満に講師業も終え、多くの人に支えられながら自宅近くの愛着のある「新横浜」に、小さいながらも司法書士事務所を開設しております。心から感謝申し上げます。


代表司法書士プロフィール

 
 弊所代表の所博之です。司法書士試験の講師として受験指導歴がLEC東京リーガルマインドで14年、伊藤塾で11年の合計25年あり、実務歴も他の司法書士会(福岡県司法書士会で6年、東京司法書士会で6年)で12年を持ち、知識と経験が豊富ですし、司法書士業界に精通しています。
 講師として担当した「所クラス」からは、北海道から沖縄まで、全国に1000名を超えるクラス出身「司法書士」が巣立ち、すぐに協力してくれる司法書士が大勢いるため、あらゆる司法書士業務に対応できます。また、その後弁護士・裁判官等に就いた法曹関係者も多数いますので、信頼も厚く、裁判所が絡む仕事も安心して任せられます。

1989年  1月
行政書士試験合格

1989年 11月
司法書士試験合格
 関西学院大学卒業後、一般企業に就職するも、司法書士をめざすべく会社を辞めて郷里に戻って勉強に取り組む。合格前にLEC(「東京リーガルマインド」という受験指導校の略称)から講師の誘いを受け上京。平成元年に試験合格と同時に受験指導を始める。

1989年 11月
LECの講師を始める
 当初は東京でLECの講師として、受験界で初の基礎講座である入門講座の立ち上げに関わる。その後福岡での実務経験を経て、LEC福岡校で入門講座から中上級講座、直前講座をすべて担当し数多くのライブクラスを担当。
 担当した福岡のライブクラスが全国でトップクラスの受講生数を抱えるライブクラスとなり大勢の短期合格者をクラスから輩出。このLEC福岡校での講師時代に送り出した大勢の合格者が、今では司法書士業界を支える司法書士となって全国で活躍している。福岡県司法書士会に6年在籍

2002年 7月
伊藤塾の主任講師として移籍
 LEC
福岡校での合格実績や指導力を評価され、法律資格の専門指導機関「伊藤塾」(東京・渋谷本社)へ主任講師として移籍。ここでも司法書士試験の入門講座を立ち上げ、東京だけでなく大阪にもライブクラスを持ち全国トップクラスの講義数を担当。担当したクラスから、いきなり1発合格者を多数輩出し受験界で定評を得る。24時間態勢で受講生の方との相談や悩みをメールで11で対応する「所ホットライン」は好評で伊藤塾在籍中も続けた。東京司法書士会にも6年在籍。

2012年 6月
司法書士業務への舵切り決意
 
2011
年東日本大震災の被災地現場である仙台荒浜へ農地の復興支援のお手伝いのため毎月足を運ぶうちに少しずつ心が動き、現場での司法書士業務への舵切りを2012年6月に決意。司法書士の現場実務に専念するため20134月に円満に講師生活を終えて現在に至る。
現在は神奈川県司法書士会に所属。神奈川県司法書士会「労働委員会」委員も歴任中。


目 標 
 目標は「穂積陳重」のような法律家。穂積陳重(ほづみのぶしげ)は、地元住民から栄誉を讃えられ銅像建設の申し出があったがそれを拒否し、市民の方々の足となる穂積橋の建設を望んだ。

       
(上記左の石碑の画像をクリックしていただくと「穂積橋」を紹介したyouTubeへ)

 明治民法生みの親「穂積陳重」に地元有志等から銅像建設の話があったとき、「同郷万人に仰ぎ視られるよりは、橋となって公衆に履んで渡らるるを以て無上の光栄とす」と辞退し、その際に作られた橋が穂積橋です。司法書士業務への舵切りを決意した際、真っ先に穂積橋に行きたいと思って訪ねました。この橋は、今も宇和島の街にひっそりと佇んでいます  

お問い 合わせ
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